営業のやり方は一つじゃない ― 営業力を底上げする「共有」の力

中小建設業専門の経営コンサルタント長野研一です。毎月第三週は、建設会社の営業をテーマに綴っていきます。

前回の記事(建設会社の営業部隊のパフォーマンスを上げるには)では、「営業の基本」を会社として定め、チームで成果を出すための足場づくりが必要であることをお話しました。今回はその続編として、「チーム全体で営業力を底上げするための実践的な方法」について掘り下げていきます。


「営業は個人技」という誤解

多くの建設会社で営業は「属人的」になりがちです。たとえば、受注の多いベテラン営業マンは「自分のやり方が一番うまくいく」と考えがちで、そのノウハウを他人に教えることにあまり前向きではない場合もあります。

一方で、若手社員はそのベテランを「特別な人」と見てしまい、同じようにはできないと感じて自信を失いがちです。

ですが、営業力とは、個人の天性だけで決まるものではありません。むしろ、一定の型や仕組みがあり、それをチーム全体で共有・洗練させていくことによって、誰もが成果を出せるようになります。


ベストプラクティスは「誰かひとり」のものではない

ある建設会社で、こんな取り組みを導入しました。

営業成績が比較的安定していた3名の営業マンに、過去半年間で成約に至った案件について「どのように顧客にアプローチしたか」「どのような提案資料を作成したか」「どういう話し方を意識したか」などをヒアリングし、そのエッセンスをシートにまとめて共有したのです。

すると、驚いたことに、各人の「決め手」となるやり方がバラバラであることが分かりました。

・Aさんは「資料づくりが丁寧で、図面や工程表を自作して見せていた」 ・Bさんは「お客様の家庭環境や仕事に関心を持ち、何気ない会話から信頼を得ていた」 ・Cさんは「必ず一度は現場同行し、自社の強みを現場で語っていた」

つまり、「正解はひとつではない」ということです。各々の得意技を相互に学び、合わせ技にしていくことで、各営業マンの技の引き出しがどんどん増えていきました。


「やり方を変えることに抵抗がある」のはなぜか?

新しいやり方に対して、営業マンが消極的に見えることがあります。ときには「いままでのやり方でやってきたんだから、それでいいじゃないか」と反発されることもあるでしょう。

でもその背景には、「やり方を変える=これまでの自分を否定される」と感じてしまう“心のブレーキ”があります。

ここで大切なのは、「やり方の否定」ではなく「価値の追加」と捉えてもらうことです。

たとえば、「これまで通りのやり方は大事にしながら、こんな工夫を加えると、さらにお客様の信頼が深まりやすくなります」といった伝え方をすると、受け入れられやすくなります。

人は、「自分が自分の意思で選び取った」と感じたときに、最も前向きに動けるものです。無理やり押し付けるのではなく、「気づきの中から自分で選んだ」という感覚を持ってもらうことが、変化への第一歩になります。

営業会議が「言いっこなし大会」になっていませんか?

営業会議の場で、「うちの提案が通らなかったのはお客様のせい」「競合が価格をたたいてきたから仕方ない」といった“言い訳大会”になっている会社は意外と多いものです。

こうした雰囲気の原因の一端は、営業成果そのもの(たとえば受注件数や売上額)だけをKPIとして追いかけてしまっていることにあります。成果はもちろん重要ですが、それは「結果」であって、「原因」ではありません。

たとえば、「訪問件数」「初回アプローチのスピード」「お客様への提案回数」などの“行動”に目を向けてKPIを設計すれば、「なぜ成果が出たのか/出なかったのか」の振り返りがしやすくなります。こうした行動KPIをチームで共有することで、営業会議が「責任追及の場」ではなく「行動を見直す場」に変わり、前向きな空気が生まれてきます

ある会社では、「ひとこと成功事例紹介」というコーナーを設け、1人30秒で「今週うまくいったこと」を共有する習慣を取り入れました。たとえば、「訪問後にすぐ御礼のメールを出したら、次の面談につながった」など、小さな行動の工夫がシェアされていきます。

たった30秒でも、「あ、それ自分もやってみよう」と感じるきっかけが生まれ、全体の雰囲気が「前向きな情報交換」に変わっていきました。


営業マンのプライドに配慮しながら共有するには?

ベテラン営業マンの中には、自分のやり方に強いプライドを持っている方もいます。そのプライドを傷つけずに、ノウハウ共有を促すにはどうすればいいのでしょうか。

答えは、「尊敬を持って頼る」ことです。

「〇〇さんのあの資料の作り方、すごく分かりやすいと思ったんですが、今度みんなに教えてもらえませんか?」

「先日のお客様とのやり取り、どう切り返したんですか?参考にしたいのでぜひ聞かせてください」

こうした“頼られ体験”は、誰にとってもうれしいものです。相手のプライドをくすぐるように伝えることで、自然と心を開いてくれることが多いのです。


営業は「チームスポーツ」

営業というと、個人プレーの印象が強いかもしれませんが、実際には「チームスポーツ」に近い側面があります。

・情報共有のスピード ・成功事例の横展開 ・失注の要因分析 ・事務スタッフとの連携

こうした要素を通じて、営業全体の“場”が整っていくのです。

ある会社では、「得意技マップ」という取り組みを始めました。営業マン一人ひとりが「自分の強み・得意分野」をカードに書き出し、それをホワイトボードに貼り出すのです。

「〇〇さんはモデルルーム案内で奥様の気持ちを掴むのがうまい」「〇〇さんは補助金の話が得意」など、見える化された得意技は、チーム全体の知恵として活用されていきます。


まとめ:小さな共有が、大きな成果につながる

建設会社の営業部隊が全体として強くなるには、「共有文化」が欠かせません。

一人ひとりがバラバラのやり方をしていると、どこかで「天井」が見えてしまいます。でも、それぞれの営業マンの強みや工夫を持ち寄り、引き出しを増やしていけば、全体のパフォーマンスは大きく底上げされていきます。

成果だけを見るのではなく、その背後にある行動を見ていくこと。それをチームで共有し、「誰かの成功体験が、みんなの明日を変える」――そんな営業チームをつくっていきたいですね。

来月もまた、建設会社の営業の現場に役立つ話をお届けします。どうぞお楽しみに。