中小建設業専門の経営コンサルタント長野研一です。
今回は、『現場を動かす言葉の力――建設業の経営者が磨くべき「伝え方・気づき方・行動の導き方」』全4回の第3回です。
■「何度も言ってるのに、なぜ動かない?」
「これ、ちゃんと指示したよな?」
「なんで、あいつはまだわかってないんだ?」
「言わなくてもわかってほしいんだよ」
これは、建設業の現場で経営者や管理職から最もよく聞く言葉のひとつです。
でも――社員が本当に“わかっていない”のでしょうか?
私の経験上、「伝えたつもり」「伝わっているはず」と思っているときほど、
実際には“伝わっていない”ことが多いのです。
■“伝える”と“伝わる”の間には、深い谷がある
建設業は、スピードと正確性の両立が求められる業界です。
だからこそ、社長や上司の言葉には現場での行動を左右する力があります。
しかし、こんなズレがしばしば起こります。
社長:「安全第一でいけよ!」
現場:「早く終わらせろって意味かな…」
社長:「お客様の目線で考えよう」
社員:「つまり、もっと値引きしろってこと?」
言葉は同じでも、受け取り手の“解釈”はまるで違う。
この「すれ違い」が、現場を疲弊させ、経営者を孤立させてしまうのです。
■記憶も言葉も“加工されたもの”にすぎない
ここで大事な前提があります。
人は、五感(視覚・聴覚・身体感覚)を通じて世界を認識していますが、その情報は無意識に取捨選択され、加工されています。
つまり、
同じ出来事を見ても、人によって違う意味をつけている
同じ言葉を聞いても、解釈や反応が違う
というのは、ごく自然なことなのです。
そして、“加工された記憶”や“言葉の解釈”は、再加工できます。
この考え方に立つと、**伝わらないのは社員の理解力ではなく、「社長の伝え方にチューニングのズレがあるだけ」**だとわかります。
■伝え方が“刺さる”人と“刺さらない”人の違い
たとえば、ある建設会社で社員研修をした際のこと。
社長は、現場の意識を変えたくて何度もこう伝えていました。
「もっとプロ意識を持て!職人としての誇りを持て!」
けれど、社員はどこか白けた顔をしていたのです。
そこで私は、こう質問してみました。
「“プロ意識を持つ”って、あなたにとってどういうことですか?」
「それって、具体的にはどんな行動になりますか?」
すると、それぞれまったく違う答えが返ってきました。
「時間通りに現場入りすること」
「お客様に挨拶を欠かさないこと」
「無事故で終えること」
「道具を丁寧に扱うこと」
つまり、“プロ意識”という抽象的な言葉は、人によって意味が全然違うのです。
だからこそ、社長の意図が伝わるように、“翻訳”して届ける工夫が必要になります。
■五感に響く言葉は、身体を動かす
人は、言葉だけで動くわけではありません。
感覚やイメージが伴って初めて、納得し、行動に移るのです。
NLPではこれを「アンカリング」と呼びます。
たとえば、
強く印象に残る言葉(社長がいつも使うフレーズ)
現場で繰り返される具体的な場面(朝礼での一言)
身体に残る感覚(緊張・達成感・不安)
こうした感覚と結びついた言葉は、社員の中で「動機づけスイッチ」として機能します。
逆に、抽象的で感覚の伴わない言葉(例:「がんばれ」「しっかりしろ」)は、空回りしやすいのです。
■伝える前に必要なのは、「自分の言葉の棚卸し」
社員に伝わらないと感じたとき、
「なぜ伝わらないんだ?」と考える前に、
**「自分はどんな言葉を使っているか?その言葉にはどんな“意味”を込めているか?」**を棚卸しすることをおすすめします。
たとえば、
「信頼」とは具体的に何を指すのか?
「当たり前」とは誰にとっての常識なのか?
「ちゃんとやれ」とは、何を、どのように、いつまでに?
この“意味の棚卸し”をせずにコミュニケーションを繰り返すと、社長は伝えたつもり、社員は受け取ったつもりというすれ違いが永遠に続きます。
■社長の言葉を“行動”に翻訳する――それが行動KPI
私は、経営支援の現場でよくこう言います。
「その想いを、社員が毎日の行動に落とし込めるように言語化できていますか?」
行動KPIとは、まさにそのためのツールです。
“社長の言葉”や“経営理念”と、現場の“具体的な行動”をつなぐ橋渡しが行動KPIの本質です。
たとえば、
「お客様第一」→「工事終了後に5分以内の清掃」
「報連相の徹底」→「朝礼で当日報告の声かけを1人1回」
「職人としての誇り」→「作業終了後に工具を磨く」
このように、抽象的な価値観を“誰でも見える・できる”行動に変えることで、初めて「伝えた」が「伝わった」に変わります。
そして、このプロセスこそ、NLPのマインドとスキルが最も生きるところでもあります。
■【あとがき】――だから私は、行動KPIとNLPの両輪で支援する
私が「行動KPI」の設計と定着にこだわるのは、
それが**社長の内面と社員の行動をつなぐ“翻訳機”**のような役割を果たすからです。
社員が動かないのは、意欲や能力の問題ではないことが多い。
問題は、「どう動けばよいのか」が曖昧であること。
その曖昧さを解消するために、社長自身の言葉の精度を高め、五感レベルで伝わる言葉にしていく。
そのプロセスで、私はNLPコーチとしての視点を活かしながら、
現場で機能する「行動KPI」へと落とし込む支援をしています。
次回は最終回。
テーマは「経営者の“懐刀”になる条件」。
信頼される支援者とは何か――その本質に迫ります。