なぜあの社長はいつも判断がブレないのか? ~思考のクセを見える化する問いの力~

中小建設業専門の経営コンサルタント長野研一です。

今回は、『現場を動かす言葉の力――建設業の経営者が磨くべき「伝え方・気づき方・行動の導き方」』全4回の第2回です。

■「なんか、しっくりこない」には理由がある

ある建設会社の社長がこう言いました。

「直感では良さそうなんやけど、どうも判断に自信が持てんのですよ。なんか、しっくりこんというか。」

この“しっくりこない”感覚。実はとても重要なサインです。

私たちの意思決定は、単なるロジックや理詰めだけで成り立っているわけではありません。
「頭では正しいとわかっているけど、なぜか迷う」「理屈ではYESだけど、心がNOを出している」――そんな状態がよくあります。

でも、ここを無視して突き進むと、あとで必ず軋みが出る。
「道を知っていることと、歩むことは違う」と言ったのは映画『マトリックス』のモーフィアスですが、経営も同じです。“納得のない決断”は、歩むエネルギーを確実に奪っていきます。


■人はロジックでは動かない。感覚が動かす

ある意味で、人は“理屈で動いていない”のです。
正確には、「理屈で動いていると思い込んでいる」けれど、実際には感情や過去の経験、五感による微細な情報の影響を強く受けています。

たとえば、以前「新卒採用を始めるべきかどうか」で迷っていた社長にこんな問いを投げかけました。

「それをやると決めたとき、どんなイメージが浮かびますか?」

「いまいまの気分はどんな感じですか?」

最初は面食らった感じだった社長も、やがてこうおっしゃいました。

「うーん…頭ではやったほうがいいっちわかってます。でも、どこか息苦しくなる感じがするっちゅうかなんちゅうか…」

この“息苦しさ”を感じ取る力こそ、経営者の直感。
そしてその感覚には、過去の体験や“刷り込み”が潜んでいることが少なくないのです。


■「象へのインタビュー」:成長しても縛られている自分

ある寓話に、「象へのインタビュー」という話があります。

サーカスの象は、子象のときに杭に繋がれ、それを引き抜けずに育ちます。
巨大に成長して力がついても、「抜けるはずがない」と思い込んでしまい、杭を引き抜こうともしなくなるのです。

この話のように、私たち経営者も――特に責任を負う立場にあると――過去の失敗や苦い経験が“無意識の制限”となって、現在の意思決定に影響を与えていることがあります。

「あいつには任せられない」
「自社で新しいことを始めるのは難しい」
「もう歳になって…」

そう思っているのは、昔の“引き抜けなかった杭”に縛られているからかもしれません
でも今のあなたは、すでに成長していて、その杭はもう抜けるはずなのです。


■思考には“クセ”がある。だからこそ見える化が必要

人の思考には、「五感のうち、どの感覚チャンネルを優先して使うか」という傾向のようなものがあります。
これを、「優位感覚」あるいは「VAKモデル(視覚・聴覚・身体感覚)」と呼びます。

たとえば、何かを決めるときに、

  • 視覚優位の人は「鮮やかにイメージできるか」で判断します。

  • 聴覚優位の人は「理屈が通るか」「証拠があるかどうか」で判断します。

  • 身体感覚優位の人は「やってみてどうか」「しっくりくるか」で判断します。

この“感覚の使い方”が偏っていると、判断の視野も偏ってしまうのです。

ある社長は、毎回直感的に物事を決め、後でロジックの弱さに悩んでいました。
別の社長は、完璧な数字と理屈を求めすぎて、判断のスピードが極端に遅くなっていました。

重要なのは、自分の思考パターンに気づき、必要に応じて他の感覚にも“アクセス”できるようにすること。これが、ブレない決断力の鍵になるのです。


■問いによって、自分の中にある“地図”が描かれ始める

「あなたはその判断を、どういう感覚で下そうとしていますか?」
「その未来を、どんな映像で思い描いていますか?」
「言葉ではうまく説明できない“ひっかかり”は、体のどこにありますか?」

こうした問いを投げることで、経営者の“内なる地図”が、少しずつ輪郭を帯びてきます。

その地図を描けるようになったとき、判断はクリアになり、力強くなります。
なぜなら、頭と心と身体が、ようやく一つの方向を向き始めるからです。


■【あとがき】――なぜ、そんな問いができるのか?

私がこうした問いを立てられるのは、「自分自身が体感して身に着けた」技術、というより身体感覚があるからです。「自分自身が体感して身に着けた」とは、それによって私自身が目を開かされた、救われた、という意味です。

それは、“言葉にできないもの”にアプローチする技術であったり、「自分がどの感覚で世界を捉えているのか」を明らかにするフレームであったりします。

でも私は、それを“知識として語る”のではなく、“問いと場づくり”を通して、自然に活かすように心がけています。なぜなら、経験して初めて腹に落ちるものを、知識だけで語っても人の心は動かないと自らの経験を通して知っているからです。

経営者が、自分自身をより深く理解し、成長の“杭”から自由になる。その過程を支えるのが、私のコンサルティングの本質だと自負しています。

次回は、「社員が動かない理由は“社長の言葉”にある」というテーマでお届けします。伝わる言葉と伝わらない言葉の違いは、実は“感覚と言葉のズレ”にあるのです。今回も、お付き合いいただきありがとうございました。