中小建設業専門の経営コンサルタント長野研一です。
毎月第一週は、私自身の気づきや新しい視点、お知らせなどについて綴ります。今回は、私自身の振り返りとそこから得た「目指す未来」について書いていきます。
私のひそかな願望は「この指とまれ!」と呼びかけて、人が集ってくれるような存在になることです。呼びかけることは簡単ですが、その言葉に人が集まってくれるかどうかは、私自身がどれだけ心を開いているかにかかっているのだと思います。
高校生の頃、ある女性が「あなたは如才ないようで、どうも人になじめないところがある。でも、きっと人の輪の中心になれる人だから、そうなってほしい」と優しい忠告をしてくれました。またある方には「あなたには、無言のうちに『俺もお前の領分に踏み込んでいかないから、お前も俺の心のうちに入ってくるな』というところがあるから、人は「この指とまれ!」と言われてもその指にとまれないのだ」と言われたことがあります。
確かに、人との間に一定の距離を置くことが、自分にとっての“無難な”生き方だったのかもしれません。誰にも踏み込まれず、誰にも頼らず、自分の内面を明かさないまま進む。それが、かつての私のスタイルでした。「ほんとうの自分を知ったら、人は幻滅するに違いない」と心のどこかで思っていたのかもしれません。
しかし、それでは本当の意味で人と交わることはできず、自分自身の成長も止まってしまいます。NLP(神経言語プログラミング)を実践しながら学ぶなかで、少しずつ自分の中にいる「イヤな奴」、だけど自分の鎧となって守ってくれた「愛すべき奴」の存在に気付きました。
それに気づくと、屈託を抱えながら生きている人が見えるようになりました。そして、多くの人が「自分は問題ない」と装いながら、実は自分自身で気づいているようにみえます。気付いているからこそ、自分が恐れている何か、自分が避けている何かに向き合わないまま、気づかないふりをして生きているように思われてなりません。
だが、そのマインドブロックこそが、自分の成長を阻んでいるのだと、私は今ならはっきりと分かります。そして、私自身もまだまだ自己開示を恐れている部分があると感じています。この壁を超えてこそ、人と本当の意味で交わることができるはず、と信じます。
「この指とまれ!」のために、私自身が心を開く
私は「人に勇気を持ってもらうコミュニティを作る」と決めました。しかし、そのためには、まず私自身が「人と交わること」に対する恐れを乗り越えなければなりません。
人と本当につながるためには、自分の内面を隠さないことが必要です。それは、強がることをやめるということではなく、「完璧な自分を見せる」のではなく、「未熟な自分も受け入れる」ことだと思います。
私は相当に変わったつもりでいます。過去の自分と比べれば、行動も思考もずっと前向きになりました。それでも、まだ自己開示を恐れる部分があるのではないかと感じています。「このくらい話してもいいけれど、ここから先は言いたくない」「この話をすると、弱さを見せることになるんじゃないか」といったブレーキが、まだどこかに残っているのです。
それを外していかないと、本当の意味で人と交わることはできません。
私はこれまで、コンサルタントとして多くの経営者と向き合い、アドバイスをしてきました。しかし、単に「知識を伝える人」になってはいなかっただろうか、ということに気付いたのはわりと最近です。「この指とまれ!」と呼びかけるのであれば、私は「教える人」ではなく、「ともに歩む人」でなければならないと考えています。
マインドブロックを外すために、私がすべきこと
自己開示を恐れる気持ちを乗り越えるためには、実際に「人と深く交わる経験」を積むことが必要です。
私はこれまで、他人の話を聞くことは得意でした。しかし、「自分の話をする」ことには慎重だったのではないかと思います。過去の失敗や後悔も、もっとオープンに話せるようになりたい。「こうあるべき」と語るのではなく、「こう悩んできた」と伝えたい。自分の不完全さを隠さず、率直な対話をすることで、ようやく本当の意味で人と向き合えるのではないかと思っています。
また、人間関係には「安全な距離」があります。私はこれまで、その安全な距離を守ってきました。しかし、それでは本当の意味で人とつながることはできません。心を許せる仲間とは、もっと本音で語る機会を作りたい。コミュニティの場では、自分からオープンに語ることを意識したい。相手の心のうちにも、一歩踏み込んでみたい。
そうした小さな挑戦の積み重ねが、私のマインドブロックを外してくれるはずです。
「この指とまれ!」が本当の意味を持つために
私は、「行動する勇気を持ちたい人が集まる場」を作ろうとしています。しかし、その場が本当に意味を持つためには、ただ知識や経験をシェアするだけでは足りません。
人が勇気を持つためには、安心して話せる環境が必要です。そのためには、私自身がまず「話してもいい」「踏み込んでもいい」と感じられる場をつくることが大切です。自分がどこまで心を開くかで、相手の心の開き方も変わるはずです。
行動する勇気を持つための小さな実践を共有し、お互いに支え合う場にしたいと思っています。「教える」「学ぶ」の関係ではなく、「共に成長する仲間」となることが理想です。「この指とまれ!」は、ただの呼びかけではなく、私自身が「この指にとまる人たちと、本気で向き合う」という意思表明でもあります。
私が変わることで、人も変わる
人は変われます。私自身がそうでした。
しかし、「まだまだ変われる」ことも、私は知っています。そして、そのためには、「自分の内面をもっと開くこと」が必要だと感じています。
人に踏み込むことを恐れず、自己開示をためらわず、「ともに成長する仲間」になりたい。
私が本気でこの壁を越えられたとき、「この指とまれ!」の言葉が、もっと強く、もっと響くものになるはずです。
だからこそ、まずは私から変わります。
「この指とまれ!」と呼びかけるだけでなく、私自身がその指にしっかりと人を受け止められる存在になります。
もし、同じように「もっと変わりたい」「もっと勇気を持ちたい」と思っているなら——
この指とまれ。
一緒に、変わろうではありませんか。