補助事業計画書にみる「落とし穴」

はじめに

こんにちは、建設業界に特化した経営コンサルタントの長野研一です。

仕事柄、各種補助金申請案件の審査委員を務めることがあります。その詳細について述べることはもちろんできませんが、補助事業計画書を拝見していると、残念ながら指摘せざるを得ないような問題箇所がしばしばみられます。しかも、問題のある補助事業計画書は、各社内容はさまざまでも、指摘すべき問題点は非常に似かよっていることに気づかないではいられません。

ここで私が述べることは、「こうすれば補助事業に採択されますよ」という話ではなく、それ以前の、そしてはるかに重要な「ここをきちんとおさえなければ、取り組みが実りあるものになりませんよ」という話です。

すり替わってしまう問題意識

どんな事業者でも、「どうすれば経営改善できるか、経営改革につながるか」という問題意識からスタートしているものと推察しますが、補助事業に挑戦すると、いかんせんその問題意識が「どうすれば補助事業に採択されるか」にすり替わってしまうことがままあります。

その背景には、「このテーマでは採択されませんよ」という中小企業支援者の『まったく善意での助言』により「うまく補助事業の要件に合致するテーマに寄せていこう」という大人の判断があるであろうことは想像に難くありません。それで所期の目的が達せられるのならまだしも、当初の問題意識が没却されているのではないかと心配になることが少なくないのです。

そこで、ここでは、補助事業計画書の審査過程でしばしば見受けられる問題点、その問題点がなぜ生じるかの原因分析、さらには問題点の解決に向けた提言について記すとともに、私自身の審査員としての姿勢についても付言しておきます。

申請案件でしばしば見られる問題点

  1. 自社商品の過大評価

明確な理由の説明もなく、自社商品を唯一無二の商品と過度に持ち上げる企業が目立ちました。この点、売上実績の確かな企業ほど自社商品の価値を冷静に分析しており、この点がじつに対蹠的でした。

この点、じつは後掲の「顧客ターゲットの不明確さ」と密接に関連しています。顧客ターゲットに無関心であるために、「その人が感じる・受け取る価値とその背景」が具体的にイメージできず、商品やサービスが選ばれるべき理由が伝わってこないのです。

  1. 売上見通しの根拠不足

多くの申請企業は、売上見通しについて、その根拠となる説明が欠落しており、理想的・過度に楽観的な初年度売上見込数字を示していました。

この点について質した際、まともに回答できた企業はわずかであり、多くは無視するか、荒唐無稽な理屈を並べるに留まりました。そもそも根拠ある売上見通しを立てていないため、回答のしようがなかったのだと推察します。

  1. 投資効果の予測不足

投資効果の予測を記載している企業はほとんど見受けられませんでした。

狙ったほどの効果がみられない場合、投資が所期の効果を上げるようにどのような動きをするかについての考えを持てている企業もごくわずかです。

そもそも計画に掲げた取り組みの内容(アクションプラン)と計画数値(得たい成果)は、過去の数字や状況から予測した仮説に過ぎません。どれほど緻密に、詳細に計画したとしても、すべてが計画通りに進むことはまずありません。しかし、計画というものは「当たったか、外れたか」ではなく、予想したほどの反応が得られないときに軌道修正したり、阻害要因を取り除くための手を打ったりといった手立てで、できるだけ所期の結果が得られるようにするためのものです。

たとえば、ある経営目標の達成のために折込チラシをまきます、という行動計画があるとします。問題は、チラシを配って、当初想定したほどの効果がなかったらどう動くのか、あるいはチラシ配布が奏功するよう、どのような動きをするのか、です。展示会参加、ウェブ発信、チラシ配布といった、多くの事業者がやっている取り組みで抜きん出ることは困難で、差があらわれるのは、そこにプラスしてどれだけ泥くさい動きができるかにかかっています。

  1. 顧客ターゲットの不明確さ

「顧客ターゲットがわからないので、幅広く情報発信する」という企業が少なからず存在します。もっと多いのが、顧客ターゲットはどういう人かの記載はあるものの、その解像度が低く、その人たちのことを知って取り組みに生かそうという姿勢に欠けているケースです。

いろんな事情はあるのでしょうが、このような企業姿勢を中小企業支援者が見過ごしにしていることに驚きを覚えます。しかし、的を絞れている企業は、商品の良さや差別化要素をきちんと記載していました。

顧客ターゲットとは、いわば自社の商品やサービスの対象となる顧客層のことであり、マーケティング活動の狙いどころを絞る目的で設定されるもの、と一般的には説明されています。しかし、この説明には、一番大事な一点が欠けています。

この商品やサービスは、誰のためのものなのか、誰のお困りごとを解消し、喜んでもらうためのものなのか、という視点です。この視点を欠くと、商品やサービスはもっぱら自社の都合で、顧客ターゲットとまったく関係のないところで生まれてきます。そのようにして生まれた商品やサービスは「買ってくれるなら誰でもいい」という売り手発想のまま、狙いどころを絞らない、いや絞れない結果となっていくわけです。

なぜそのような問題が生じるのか

そのような問題点が生じる理由を分析してみると、大きく以下の四点に集約されました。

  1. 市場調査の不足:

 多くの企業が、時間やコストの関係で市場調査を省略しがちです。その結果、顧客の具体的なニーズを把握しないままに商品やサービスを企画することになります。

というのは教科書通りの言い方で、実際はたいしてコストや時間をかけずとも各種のウェブ情報や業界精通者の意見、顧客ターゲット像に近い人たちに向けたインタビューなどで市場の実像に迫ることは相当程度できます。

その実践のためにいちばん足りないのは、顧客視点に立つ意識や姿勢なのでないでしょうか。顧客視点に立つ、というのは、換言すれば、お客様から見た「この商品やサービスを選ぶ理由・選ばない理由」から考える、ということになるでしょうか。

  1. プル戦略の偏重

企業側からお客様に対して積極的にアプローチする営業手法をプッシュ戦略(押しの戦略)といい、お客様側から商品・サービスを購入してくれるよう仕向ける営業手法をプル戦略(引きの戦略)といいます。それぞれに役割があり、どちらがいい悪いはないのですが、補助事業計画書をみると、圧倒的にプル戦略偏重、しかも広告、チラシといった「飛び道具」偏重です。

プル戦略は手軽で広範囲にリーチできるため、多くの企業がこれに依存しがちです。しかし、実際にはプル戦略だけでは顧客との深い関係を築くことが難しく、プッシュ戦略や直接的な顧客対応が不可欠です。

  1. 専門家のビジネス感覚の不足:

中小企業支援にあたる専門家がビジネス感覚に乏しいことも問題点の一因です。特に、顧客ターゲットを絞り込むことの意義や絞り込みの方法についての知識が、本から得た理論だけでは説得力に欠けます。これが申請企業のターゲットがぼやけてしまう遠因なのではないかと感じることが少なくありません。

  1. リスク管理の欠如:

新規事業を立ち上げる際、多くの企業が成功を前提に計画を立てがちで、失敗時の対策や代替戦略を考慮することが少ないです。これにより、予期しない事態に柔軟に対応できない状況が生まれます。

問題点の解決に向けた提言

  1. 顧客視点に立った市場調査の実施:

顧客視点に立って具体的な顧客のニーズを把握するために、市場調査を徹底的に行うことを強く推奨します。これにより、商品やサービスの開発において実際のニーズを反映させることができます。

  1. プル戦略とプッシュ戦略のバランス:

プル戦略だけに頼るのではなく、地道な営業活動や顧客との直接的な接触を積極的に取り入れることで、顧客との信頼関係を築くことが重要です。例えば、地元のイベントや展示会での直接的なコミュニケーションを図ることが効果的です。

  1. 代替戦略の準備:

主要な戦略が思うように効果を上げない場合に備えて、複数の代替戦略を準備することが重要です。例えば、SNS広告の効果が薄い場合にメールマーケティングや共同プロモーションを検討するなど、リスク管理を徹底することが必要です。

  1. 専門家のスキル向上:

 中小企業支援にあたる専門家は、ビジネス感覚を養うために、他人事ではない実践的な経験を積むことが求められます。特に、顧客ターゲットの絞り込みや具体的なマーケティング手法について、理論だけでなく実務経験を通じて学ぶことが重要です。「自分を救えない者が他人を救うことはできない」ことを銘記したいものです。

私自身の審査員としての姿勢

審査員として常に公正かつ客観的な視点を持つことは当然として、みずから中小企業者として現実に取り組み、その実務経験に裏打ちされた指摘を行うことを大切にしています。

企業の熱意やビジョンを尊重しつつも、具体的な実行可能性や持続可能性を重視して評価を行っています。また、企業の成長を支援するために、建設的なフィードバックと具体的な提案を提供することを心掛けています。

結び

申請者の事業計画が成功し、持続可能な成長を遂げることを心から願い、事業計画の改善に役立つことを祈って本稿をまとめました。参考になりましたら幸いです。